▼『コード理論大全』清水響

コード理論大全

 基礎から応用まで網羅した,全ジャンルの音楽家必携の標準コード理論書が登場しました.音程や転回,コードシンボルの書き方といった基本事項から,現代の和声に欠かせないマルチトニックシステムやハイブリッドコードまで,コード理論のすべてを掲載.単に用例を紹介するだけではなく,すべての項目について,“なぜその理論が導き出されるのか"が解説されています――.

 礎的な音楽理論から応用的な和声技法までを網羅し,伝統的な知識と現代的な応用を融合させた構成が特徴的である.音程や基本和音の構造といった初歩的な事項から,セカンダリードミナントやモーダルインターチェンジ,テンションコードといった応用技法までが含まれる.さらに,複雑な転調技法やコードスケール理論にまで踏み込んでおり,幅広い知識を活用できる構成となっている.和声の理論は,音楽史において徐々に進化してきたものだ.和音の概念自体が明確に意識されるようになったのは16世紀のポリフォニー音楽の発展とともに始まり,ジョゼッフォ・ツァルリーノ(Gioseffo Zarlino)『音楽論』(1558年)で基礎が築かれた.そして,ジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau)が18世紀に『和声論』(1722年)で理論を体系化したことで,現在の機能和声の土台が形成された.

 機能和声は,クラシック音楽から現代ポップス,ジャズに至るまで,多くのジャンルで音楽構造の中心的な役割を果たしている.伝統的な和声理論は,音楽だけでなく,哲学や科学の影響も受けている.たとえば,ラモーは和音を自然の法則に基づく現象と見なし,振動数比――完全五度の3:2や完全四度の4:3――を用いて和声の秩序を説明した.こうした科学的なアプローチは,19世紀に発展したヘルマン・ヘルムホルツ(Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz)の音響理論にもつながり,音楽と科学が密接に結びついてきた歴史を示している.さらに,19世紀のロマン主義音楽では,調性から解放された音楽が試みられ,フランツ・リスト(Franz Liszt)やリヒャルト・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner)は半音階的技法を駆使して新たな音楽表現を追求した.リストが「12音すべてを使う」先駆的な手法を試みたことで,後の無調音楽や12音技法の萌芽が見られる.

 20世紀には,和声の概念はさらに拡張され,調性に縛られない音楽が数多く生まれた.クロード・ドビュッシー(Claude Achille Debussy)の全音音階やペントノート音階の使用などはその典型例である.これらの技法は,特定の地域音楽や文化的背景の影響を受けながらも,全く新しい音楽語法を生み出した点で革命的だった.映画音楽においても,和声の理論は重要な役割を果たしている.ジョン・ウィリアムズ(John Towner Williams)「スター・ウォーズ」シリーズでは,トライアド(基本三和音)からテンションを多用したコードまで,多彩な和声構造が登場する.これは壮大なスケール感や緊張感を生み出し,物語を音楽的に補完する役割を果たしている.一方,バーナード・ハーマン(Bernard Herrmann)が「サイコ」(1960)で用いた弦楽器による鋭いディミニッシュトコードは,聴覚的に恐怖や不安を強烈に表現した.

 現代ジャズにおけるテンションコードやモードの使用は,即興演奏における新たな可能性を広げた.マイルス・デイヴィス(Miles Davis)《Kind of Blue》は,モード理論を基盤にした作品で,即興性と和声の調和を新たな次元に引き上げた.このアルバムの制作過程で使用されたモーダルインターチェンジやリディアン・クロマチックスケールは,現代音楽においても広く応用されている.音楽理論は,規則や技法の学習ではなく,音楽という普遍的な言語を深く理解するための道具である.本書が提示する理論は,伝統と革新の両面を持ち,音楽家が自己の表現を深め,新たな音楽的可能性を追求するための強力な武器となるだろう.音楽の秩序を学び,混沌を受け入れることで,音楽はより深い次元へと進化していくのである.

コード理論大全

コード理論大全

  • 作者:清水 響
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原題: コード理論大全

著者: 清水響

ISBN: 4845632365

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