■「THX-1138」ジョージ・ルーカス

THX-1138 ディレクターズカット [Blu-ray]

 25世紀.地下に広がるシェルターで,人類はコンピューターに支配されていた.そこでは,人々は名前すら持たずに番号で管理され,精神安定剤の服用を義務づけられながら黙々と作業に従事していた.そんな中で,THX-1138と彼の女性ルーム・メイト,LUH-3417は自らの意思で精神安定剤の服用をやめる.精神安定剤から解放された二人はやがて愛し合うようになり….

 来社会における人間性の喪失を描いた本作は,ジョージ・ルーカス(George Walton Lucas)のキャリアを語る上で欠かせない作品である.ルーカスが南カリフォルニア大学在学中に製作した短編「電子的迷宮:THX 1138 4EB」(1967)に由来している.製作時に,サンフランシスコの電話帳から任意の名前を選び,数字849が"THX"に対応しているという.15分間の短編は,ルーカスがフランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola)と親しくなるきっかけを作り,1969年にコッポラが設立したアメリカン・ゾエトロープの第一作として長編版が製作された.後にワーナー・ブラザーズやセブン・アーツ社(後のW7)との提携により,同スタジオは大規模な製作を行うこととなる.ルーカスは当時の学生としては異例とも言えるプロジェクトを立ち上げ,映画製作における未来を見据えていた.

 本作のロケ地には,サンフランシスコ,オークランド,東湾エリアが使用され,終盤の追跡シーンはアラメダ郡のカルデコット・トンネルで撮影された.映画内で登場する地下鉄システムを通るシーンは,当時まだ建設中だったベイエリア急行鉄道(BART)トンネルで撮影されており,実際の地下鉄の建設現場が映画に登場した珍しい例だ.ルーカスはエキストラを薬物リハビリ施設「シナノン」に通う患者たちから募集し,1日30ドルで出演してもらったという.映画が公開された当初,批評家からは未来的なビジュアルと非対話的な演出が注目され,一部ではルーカスの才能が高く評価されたが,商業的には成功を収めなかった.それにもかかわらず,ルーカスの映画作りにおける転機となり,後に手がける「スター・ウォーズ」シリーズにおいて革新的な映像技術や物語性の土台となった.

 ルーカスは,映画のビジュアルとムードを通して,対話に頼らずに観客に感情的なメッセージを与えることを目指していた.映画の公開から数十年後,2004年に「ディレクターズ・カット」が再発行され,デジタル技術を駆使して地下の世界の詳細が強調されたシーンが追加された.この再発行は,当時の映画制作技術を超えた先進的な映像処理の成果として注目されたが,オリジナル版は未収録であり,一部のファンから不満の声が上がっている.ルーカスの製作技術は,この時期から急速に進化し,CG技術を取り入れた次世代の映像作りの基礎が築かれていった.タイトルに含まれる"THX"という文字は特定の意味を持たなかったが,後にルーカスの作品や関連する音響認証システムに繰り返し使われることとなった.

 「アメリカン・グラフィティ」(1973)では車のナンバープレートに"THX 138"が記載され,「スター・ウォーズ」シリーズにも"1138"という数字が何度も登場する.映画における音響システムの革新も,後に重要な影響を与えることとなった.「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」(1983)の製作中,ルーカスフィルムの技術ディレクターは映画の音響標準を向上させるために新たな音響システム「THX」を開発した.映画の音響を忠実に再現することを目的としており,映写,外部の雑音など厳しいチェックが行われ,映画館における音響体験の質を格段に向上させた.正式に認定された劇場には,THXのロゴマークが掲げられている.ルーカスが名付け親となった映画音響認証「THX」は,映画製作に革命をもたらし,音響の新たな世界的基準となった.

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原題: THX 1138

監督: ジョージ・ルーカス

86分/アメリカ/1971年

© 1971 Warner Bros